2つのブラックプール
1894年に建てられたブラックプールタワーは、その内部にサーカスや水族館なども常設された地域のランドマークとして親しまれています。さらにボールルームはBBC放送の人気テレビ番組「Strictly Come Dancing」の収録場所としても有名で、英国のダンスの歴史を語るのに欠かせない場所でもあります。周防正行監督の映画「Shall we ダンス?」のロケでも使用されたことで、私たち日本人にとっても馴染み深い場所です。
そのブラックプールのタワーボールルームで5月4日から9日までの6日間、「The Open Worlds」(以下Worlds)という競技会が開催されました。今年で2年目を迎えるこの大会には、子どもたちの部門、ソロや同性カップルの部門、シニアやジュニア、アマチュア、ライジングスター、プロの部門に至るまで実に多くのセクションがあり、連日盛大に開催されました。オーケストラの演奏も素晴らしく、加えてOpen Worldsの名称そのままに世界各地から選任された審査員が部門ごとに審査を担当しました。日本からも10名の審査員が参加しました。
ブラックプールのランドマークと言えば、ウィンターガーデンもその一つで、その中にあるエンプレスボールルームで1920 年「Blackpool Dance Festival」(以下Festival)が開催されて以来、約100年の歴史をもつ全英選手権の会場となっています。今の世界のボールルームダンスの聖地(メッカ)と言える場所です。今年も5月20日から6月2日までの期間、開催されることになっています。
日本からもこの「本家本元のブラックプール」に多くの選手が参戦します。やはり伝統の力はこの上ない説得力であり、やはりあのエンプレスボールルームで踊る心地よさは別格。何物にも替え難いものがあります。
さて、この2つの「ブラックプール」ですが、変に勘違いされている方が多いので、このページで皆さんに正しい情報をお知らせしておこうと思います。
現在、プロの世界はWorld Dance Councul(以下WDC)とWorld Dace Organization(以下WDO)の2つに分かれ、勢力争いをしているような捉え方があります。WDOの発足は、アマチュアの世界レベルの大会を運営するWDC/ALの運営に疑問を抱くメンバーが集ってWorld Dance Organizersとして発足されました。そして、これに賛同した世界のダンス界の著名なOBOGたちがサポートしたことでさらに大きな組織へと発展。その後、これらの動きを見た現役プロたちから「こんな素晴らしいメンバーがサポートする組織なら、プロの世界大会も開催してほしい」という意見が出たことに後押しされ、名称もOrganizationに変更。プロの世界選手権を開催するに至ったと認識しています。
今回、タワーボールルームで開催されたWorldsの大会最終日に「WDOプロラテン世界選手権」が開催されたことで、皆がこの大会全体がWDOの競技会と思うような流れになっていますが、Worldsはあくまでポール・キリック氏主催のプライベートなコンペで、WDOが大会の最終日に同じ会場で世界選手権をくっ付けただけなのです。
一方のFestivalも、大会期間中にWDCの総会やワールドコングレスなどを開催してきた経緯があり、WDCのワールドシリーズの大事な競技会の一つに位置付けられてもいますから、Festival自体がWDCの競技会であると思い込んでしまっています。ですが、実際にはWDCの競技会ではなく、Festivalはどの組織の影響も受けず、全く独立したオープンな競技会として開催されているのです。
ただ今年もそうですが、Festival直前にWDCの主要メンバーの一部がウィンターガーデン内のホールや市内のホテルでダンスキャンプを開催する動きがあり、大会主催者に強い不信感を抱くOBOGや選手がいることも事実です。
このように、とても紛らわしい状況があるため、今回の「2つのブラックプール」はWDC vs. WDOの対立構図と捉えてしまいがちなのですが、今のところWDC もWDOも、共に相手の存在を認めないとする動きはなく、選手は自由にコンペを選ぶことができています。
ダンスが好きで集まった組織が互いにいがみ合うような状態を誰も望んではいませんし、選手や愛好家に混乱をきたすようなことが望ましいとも思えません。来年、再来年と歴史が刻まれていく中で、世界も日本のダンス界も、よりオープンでフェアな夢のある競技会が開催されていくことを切に願うものです。
(月刊ダンスビュウ2023年7月号掲載)