二つのブラックプール
2022年5月7日・8日の2日間、ブラックプールのランドマークであるブラックプールタワーにあるボールルームで「The Open」という競技会が開催されました。ブラックプールタワーは1894年に建てられ、このタワーの3階部分にダンスを楽しむために設計された素晴らしいボールルームがあります。最近ではフロアをサスペンション仕様に改善されるなど、美しく管理維持されています。周防正行監督の映画「Shallwe ダンス?」の1シーンに紳士淑女の踊る場面がありますが、まさにこのタワーボールルームで収録されたものです。
この会場で、世界ダンス界のレジェンドの一人、元世界ラテンファイナリストのポール・キリック氏の主催で開催された当大会。当初5日間の開催予定でしたが、ロシアのウクライナ侵攻により、この両国から多くの出場が期待されたジュブナイル、ジュニアの選手たちが出場不可能となったことと、ヨーロッパ諸国の政情不安や中国で未だに続くロックダウンの影響、世界的な航空便の減便などにより、現状、世界で最も海外旅行のしやすい英国での開催にもかかわらず、2日間に短縮せざるを得なかったようです。
しかし、そうであっても、ジュブナイルやジュニア、アマプロ、シニア、アマチュアそしてプロの各セクションで、とてもレベルの高い競技が繰り広げられました(結果はニュース欄参照)。チェアマンはマーカス・ヒルトンMBE氏とブライアン・ワトソン氏。大会を盛り上げる穏やかでユーモアに富んだ競技進行のマネージメントは、会場にいるすべての人に安心と幸福感を与え、選手はその素晴らしい時空の中で自らのダンスに没頭できたようです。ジャッジの面々もレジェンドの集まり。競技の音楽も素晴らしく、特に夜の部のレン・フィリップ・オーケストラの演奏は実に伸びやかでパワフル。華やかな演奏は選手のダンスをさらに生き生きとさせました。そして、アマ、プロの競技は曜日が変わった深夜まで続けられ、その素晴らしいバトルは「これぞブラックプール!」と言える盛り上がりを見せました。
しかし、この大会が開催された背景には、5月末から開幕する「ブラックプールダンスフェスティバル」の開催運営の変更に異を唱える多くのレジェンドたちが不参加を表明し、その代わりの大会としてこの「The Open」が開催されたというのが正直なところです。昨年秋「ブリティッシュ・ナショナル選手権」前にマーカス・ヒルトンMBE氏がチェアマンから外されたことに端を発し、これまでの伝統と格式、そして公平性を保っていたブラックプールではないと思われるいくつかの事柄が大会不参加の流れに拍車をかけたように思われます(具体的な事例を挙げると一方向の言い分になってしまうので、ここでの列記は避けます)。
悲しいことに、こういった軋轢の影響により、不参加の意を示すカップルが相当数に上っていますし、「この状況下ではいかなる競技会にも出場を見送る」と表明した選手も存在することです。新たな競技会の開催も意味のあることですし、フェスティバルが路線変更をしたことも理由があってのことでしょう。しかし、選手の競技会への意欲を削ぎ、踊らないという決断をさせたことが一番の問題ではないでしょうか。政治的な決着はいずれ落とし所を見出すことになるとは思いますが、来年の5月にも「二つのブラックプール」は予定されています。早期の解決を願わずにはおれません。
そうは言っても、「ブラックプールダンスフェスティバル」は今月末に間違いなく開催されます。もちろん政治的な軋轢に関係なく出場する選手もたくさんいるでしょう。選手たちは大会を前にして、練習に練習を重ねています。日本からも20組近くの選手がロンドンで練習に励んでいます。1月のUK戦後も英国に残りトレーニングを積んでいる中国のカップルも相当にレベルを上げてきています。私もこんなに真摯に取り組み、世界に挑み続ける選手のサ
ポートをしたいと思います。
「出られる競技会があるなら、競技に出る」という考えは選手であれば当然のことですが、残念ながら、戦争やいまだ続くコロナの影響で全ての選手が出場できる状況ではありません。が、踊りたくても踊れない状況下の選手たちのためにも、出場する選手には自身の夢の実現のため、それぞれの目標に向かってしっかりと踊ってほしいものです。
(月刊ダンスビュウ2022年7月号掲載)