タンゴ
新年あけましておめでとうございます。今年も何卒よろしくお願いいたします。新春第一弾は「タンゴ特集」ということで、このコーナーもタンゴをテーマに話を進めたいと思います。
「タンゴウォークでワシを泣かせてみい。人はタンゴウォークだけで泣けるんじゃ」。これは私がターンプロした頃、師匠の久保寛幸先生が練習中の私に投げかけた言葉です。タンゴは静と動のコントラストを信条としたダンスです。競技ともなれば移動の大きさに加え、パワーやスピードが大事なことは言うまでもありません。私も負けじと動き回っていたまさにその時に師匠から言われたのですが、「確かにそうかもしれないけど、今そう言われても……」と困惑したことを覚えています。かつてピーター・イグルトン氏がパートナーのブレンダと日本武道館で踊った時、彼らのタンゴを見て感動のあまり涙し、ダンスにはまり込んだ先輩諸氏が多いと聞かされました。その時の彼らのウォークが、他のダンサーとあまりに違う次元のものだったと言うのです。
私も現役時代、ピーター先生に師事した一人ですが、彼から多大な影響を受けたことは私の誇りです。タンゴのレッスンでは「なぜ君は片足に体重を置いて踊るんだ?」から始まり、「君はフットワークの意味を理解していない」「なぜ右アームで自分の道を塞ぐのだ」等々、レッスンで発せられた言葉を挙げればきりがありません。ダンスを知らないとはこのことです。何も知らない輩にダンスの本質を教えるですから、教える方も大変だったろうと思います。
大御所の故ビル&ボビー・アービン先生、憧れのアントニー・ハーレー先生、男の仕事を教え込んでくれた故ソニー・ビニック先生、我がバイブルのリチャード&ジャネット・グリーブ先生、メインのマイケル&ヴィッキー・バー先生。それぞれに「本当のもの」へのアプローチがあり、それはそれは混乱したものです。
「もっと頑丈に!」「重心を下げて!」「膝を曲げても腰は高く維持しろ!」「膝を絞れ!」「頭の高さを変えるな!」「男は左だ!」「右アームは遠心力の吸収だ!」「パートナーをサポートしろ!」「女性に向かって!」「左足第1歩はCBMPだ。その理由を言ってみろ!」「タンゴはクイックステップじゃない!」等々。
掴みどころのないダンス。分かったと思っても次の瞬間には消え去っているダンス。矛盾に聞こえることが多いダンス。ピーター・マクスウェル先生曰く「矛盾が多いほどダンスの質は高くなる」。確かに言葉では矛盾に感じることも多々ありましたが、矛盾を受け入れ繰り返しトライする中に、一つの共通する答えがあるのです。
本当のダンスを見て、感動して、真似て、レッスンを受けて、間違いを指摘されて、トライして、失敗して、また直して……、何年もかかって本当のものに近づいていく。そうした地味なことの積み重ねしか、本当のものに近づいていける近道はないのです。
「今私が教えていることは、1年後にできていれば良いのよ」
これは故久保文子先生が常々おっしゃっていたことです。1年というのはあっという間のことです。しかも、明日の利を追い続けるのと1年先のことを考えじっくり取り組むのとでは、実際1年後にどのような差になって表れるか、想像に難くありません。
話が脱線してしまいました。タンゴに話を戻しましょう。
ボディの向きを変えないまま両足をフラットに保ち、右足を後方へ半足分スリップさせながら左へ1/8両つま先の向きを変える動作を「始めのポジションを理解するために」と教科書で説明していますが、これはタンゴを踊る際に侮ってはいけないとても意味のある動作です。タンゴだけでなく他のダンスを踊る際にも、とってもヒントになることだと私は感じるからです。
この動作を身体の中心、コアの部分のパワーで行なう事で、脚部のハムストリングスなどの強力なパワーを生み出す筋肉を鍛え、フロアからエネルギーを吸い上げるが如くパワーが下半身に漲り、同時にショルダーから身体の中心に向かって降ろしていくエネルギーも感じられるようになります。下からと上からの2つのエネルギーが丹田のあたりで交わるイメージは、身体のトーンとアングルを整え、結果、首や胸、手や腕の過度な緊張を瞬時に消せるのです。パートナーも男性のベースの強いサポートを感じられますから、タンゴ独特のシェイプをバランス良く作り上げることができるのです。
ハムストリングスの強さは膝下の自由をも生み出し、膝下のフリックという動作を通してスタッカートな足捌きに大いに貢献します。プロムナードからの一連のフィガーも、このフリックは非常に重要な動作となります。
タンゴは上半身に非常なテンションが見えるダンスですが、見えるだけで本当は、身体の中心や脚部の強さはあっても上半身や足元は完全にフリー。まさに自由自在の状態で踊られるものなのです。それがタンゴの静と動のコントラストになり、スタッカートに、しかもしなやかでストロングに踊るノウハウとなるのです。
あのむせび泣くような、琴線に触れるような音楽と、パートナーとの強烈な一体感が合わさった瞬間に、タンゴは一気に「感動」のレベルに昇華するのです。
本物への探求は終わりのない旅――。さあ、まだまだこの旅は続きます。焦らずサボらず頑張っていきましょう!