ワルツ
その時代時代で、日本人のダンスの傾向が的確に指摘されて来た歴史があります。それは世界的な流行の変化に影響されながら、追いつけ追い越せとダンスのレベルが上がって行く時間的な経緯の中で見られたもので、次へのレベルアップのための指針を示す意味もあると感じます。
例えば、かつて「日本人にはスローフォックストロットは踊れない」と言われた時代がありました。英国のお家芸であるそのダンスのレベルに全く追いついていないことを言い表しているのですが、それはまだ「ブックダンス」と言われていた時代のこと。今のようにDVDもYou Tubeも何もない時代ですから、何が本当のものかを知るすべがないのですから当然といえば当然。現在も存在する技術団体は、英国の教科書を日本語訳したものを読み解くために立ち上げられたもので、昭和30年代に日本に初めてボールルームダンスを知らしめたレン・スクリブナー&ネリー・ダガン組のダンスに驚愕した日本人が多くいたことは想像に難くありません。
時代が進む中で、「日本人のベストダンスはタンゴだ!」と言われる時代がやって来ました。タンゴのカリスマダンサーといえば「田中忠・節子先生だ」と名前を挙げる人が今でもいるほどで、日本のお家芸的なダンスとして世界が認めるに至ったのです。私も全英や世界選手権などで名前が出始めたころは、タンゴの評価がもっとも良く、その当時のライバルだったノルウェーのラッセ・オデガード氏などは「日本には空手の歴史があるから、タンゴの強さが自然に身についているんだね」と、空手の振りを見せてくれたものです。個人的には空手の経験は全くないのですが……。
一方、私がプロとして全英へのチャレンジを始めたころ、「日本人のワーストダンスはウインナーワルツだ」と言われていました。元世界チャンピオンのピーター・エグルトン先生は「全てのスウィングダンスのフィガーは、ウインナーワルツから派生したものだ」と。「壁斜めや中央斜めに踊るフィガーもLODというフロア上の流れ、エネルギーを理解した上で踊らなければならない。そのためにもLOD上を美しく入れ替わって踊るウインナーワルツをもっと理解し、もっと練習しなさい」と言われたものです。
さらに時代が進むと、次は「クイックステップが良くない。リード&フォローなしに、ただ跳ねて飛んで走り回っている」と批評されるようになりました。元世界チャンピオンのリチャード・グリーブ先生やマイケル・バー先生などは、トリッキーなリズム表現やシェイプの変化に目を奪われることなく、しっかりとしたベースアクションで踊るべきだと主張され、踊り始めのコレオグラフィーは、ナチュラルスピンターン、プログレッシブシャッセ、クイックオープンリバース、プログレッシブシャッセからパッシングクロスシャッセ、ティプシー、シャッセロック、ナチュラルターン、ヒールプル、ルンバクロス、ピヴォット、スピン、ターニングロック〜というような美しい流れを踊るダンサーが一気に増えたものです。
日本人にとって十八番であったタンゴですが、イタリア人ダンサーが席巻し始めるころになると、その評価もまったく聞かれなくなってしまいました。雰囲気のある力強いタンゴを踊る日本人ダンサーがいなくなったことは、現在の世界レベルのコンペで日本人ダンサーがなかなか評価されない背景になっているのかもしれません。
今の日本人ダンサーにとって最も弱いダンスはワルツ!
そして今、私が強く感じること、それは「今の日本人にとって最も弱いダンスはワルツだ」ということです。今回、ブラックプールで審査を担当させていただいた全英最終日、プロスタンダードの2次予選のファーストダンスのワルツで、次の3次予選に進むカップルを各ヒートからピックアップする中に、私がマークした日本人カップルは1組しかいなかったことを告白しなければなりません。
ワルツと言えば、最も練習量もレッスンに費やす時間も多いダンスであるはずです。その最も練習量の多いワルツが、最も弱く見えたことは由々しきことです。立ち姿の美しさもその強さも、世界レベルになればとてもカジュアルに見えるのですが、ロアの深さ、スウィングの重厚感、ボディのキャリー、外回り内回りの入れ替わりの妙技、スウェイや足のクローズの美しさ、ワルツ特有のライズの踊りわけやその時間など、日本人カップルにはワルツにおける「勝負強さ」が全く足りていないのです。
社交ダンスはうまく踊れて当たり前のものです。ところがそれが競技になると色々と問題が起きてきます。それは強さを求めることが高じて、筋力に頼った合理性のないタイミングや動作が悪さを引き起こしているのです。人間の身体の合理性、ダンス理論の合理性を理解し、カップルの身体的、音楽的な個性、それらがうまく混ざり合うこと、そしてさらに「もう一息」と繰り返す中で、そのカップルの特別な強さ、魅力が生まれてくるものです。
「踊れる身体」を持ちつつ、「勝てる身体」に仕立てる練習をもっと繰り返す必要を強く感じています。決して固めることではなく、筋力だけに頼ることでもありません。もっとクレバーな理解を持って繰り返すことです。世界で活躍するスポーツ選手が多数存在する今、ダンス界でもスーパースターの出現を待ち望んでいます!