「10ダンス選手権」にチャレンジしていたころの話
全英ライジングモダンで初ファイナル5位に入賞した1989年は、10ダンサーとしてラテンのレッスンも受け、練習をし、競技会にチャレンジしていました。今月号では、スタンダードでの「成功」の下地となっていたのかもしれない、10ダンスの話をしたいと思います。
今は10ダンスに重きを置いてプロ生活を送っている現役競技ダンサーは少なくなっています。ほとんどの現役選手は、競技会やイベントの日程がタイトになっている現状、十分に練習する時間が持てないと感じているのではないでしょうか。と同時に、どっちつかずで中途半端、はたまた「二兎追うもの一兎を得ず」と思っている傾向も無きにしもあらずです。また、生徒の側が、より専門的な知識や経験を踏まえたレッスンを好む傾向が年々強まっており、指導する側もどちらかの専門に特化せざるを得ない、ということもあるかもしれません。
しかし、私がプロに転向した当時の勤務先、ビギンダンス教室のオーナー、久保寛幸先生からは「10ダンスが踊れないでプロと言えるか! 10ダンスでまずは成功せよ!」と命じられていたものです。文子先生には「モダン(当時のスタンダードの呼び名)を良くしようと思うならラテンもやりなさい」と言われたこともあり、大阪が誇る元世界10ダンスチャンピオンであり、第1回日本インターのラテンチャンピオンである鳥居弘忠先生に教えを請うことになりました。
86年の春、スタンダードB級・ラテンC級として10ダンスへの準備が始まりました。スタンダードはその年のB級戦ではすべて2位。一方、ラテンはその年全てのC級戦で優勝、西部日本選手権オープンでは初出場第3位にランクインし、翌年にラテンは2階級特進。そしてモダンもA級に同時昇級。西部のモダン・ラテンA級として全国区の10ダンス選手権にもチャレンジするようになりました。
そうは言っても全国区のタイトル戦ですから、初チャレンジの87年10ダンス選手権は見事不発。ただがむしゃらに踊ることだけで終わってしまいました。しかし2回目のチャレンジだった88年の大会では、思わぬ人から思わぬコメントを頂いたのです。その大会のゲストデモンストレーターだったドニー・バーンズ氏が、モダンの予選観戦中に、当時の中部総局のある役員の先生に「モダンのチャンプは彼だ」と漏らしたと聞いたのです! 予選敗退であっても世界チャンピオンにそう見てもらえたことを知ったのですから、本当に嬉しかったのを覚えています。以降、俄然やる気が増したのは言うまでもありません。ラテンではなかなか良い評価を得ることはありませんでしたが、10ダンスを始めて良かったと実感した瞬間でした。
10ダンスでの先輩チャンピオンの名前を挙げさせて頂ければ,元世界10ダンスチャンピオン鳥居弘忠・洋子組をはじめ、毛塚道雄・雅子組、桜田哲也・鈴木美代子組、天野博文・京子組、二ツ森司・みどり組、尾上武史・恵美子組など錚々たるメンバーが名を連ねます。先輩に追い付き追い越せと、そして全国区での成功を夢見てダンスに取り組んでいきました。
長期英国留学翌年の89年、全英ライジング第5位、日本インターモダン第4位に入賞した勢いも手伝って、10ダンス選手権で尾上武史組に次いで準優勝を果たし、90年の10ダンスで初優勝。90年の日本インターと全日本選手権のラテンでセミファイナル。翌年91年に全英ライジングモダン優勝、そして10ダンス選手権で2連覇を飾ることができました。同年、マーストリヒトで開催された世界10ダンスで総合第4位(モダン1位、ラテン2種目でファイナル)の結果を最後に、10ダンスを卒業。スタンダード一本に絞る決断をしました。
カップルの位置関係がサイド・バイ・サイドであろうとシャドー・ポジションであろうと、カップルとしてハーモニーを持って一つのリズミカルでエナジェティックな「芸術」を作り出すことは、ボールルームダンスのテクニックと基本的に共通しているのです。久保文子先生が私に「モダンが上手くなりたければラテンをやりなさい。ラテンがもっと上手くなりたかったらモダンをやりなさい」と繰り返し言ってくださったことは、まさしく「真理」なのです。今はその「真理」が、ややもするとないがしろにされつつあるのが現状で、それがボールルームダンスの『混迷』という形で現れているのかもしれません。
その一方で、従来の競技ダンスの種目以外にもアメリカンスムースやマンボ、サルサなどがボールルームダンスの競技種目に含まれてくる可能性も否定出来ません。新しいダンスのジャンルでのスペシャリストが際立ってくる時代が来るかもしれません。しかし、10ダンスでの成功が我々をラテンの、そしてスタンダードでの世界的な成功へと導いてくれた事実は消えることはありません。二人がコネクションを持って作り出されるダンスは、「芸術」であり「スポーツ」でもあります。そしてそれはどのようなリズム、テンポであっても、人間が織りなすハーモニーがあってのことなのです。それを10もの違うリズムやテンポで、それぞれの特徴を捉えつつ男女の役割分担がカップルとしての一体感を生み出す、それを感じる喜びは、ダンスをやっていて本当に楽しいと思える瞬間だと思います。
現在、10ダンス選手権はマイナーな競技になりつつあるように見えますが、いま我々がダンスを愛し、ダンスに夢を追っている背景には、10ダンスを通じて我々を魅了し続けてきた歴史があることを忘れてはいけません