ダンスビュウ2023年11月号 特別付録DVDのご紹介
まもなく発売となるダンスビュウ2023年11月号(9月27日発売)で、特別付録DVDに収録のレッスンを務める講師は、本誌連載エッセイ「ダンス道を行く」でもお馴染み、元全日本ラテン&10ダンスファイナリストの安東寿展先生です。
安東寿展先生のレッスンは2013年9月号の「初心に帰る レクチャー ~ブルース&ジルバ編~」以来となります。社交ダンスの原点を見直す「大人の社交ダンス」として、社交ダンスのルーツを考察した踊り方のルール、人間の本能的な動きとダンスの動きとの関係、年齢に応じた踊り方の提案など、興味津々のテーマを解説。ユーモア溢れる安東先生の話術と、フレッシュな若手モデルの実技もお楽しみください。
今月のDVDレッスンは安東寿展先生の「大人の社交ダンス」です。
だいぶ前から「大人の~」という形容を付けた商品が、いろいろな分野で発売されるようになっていますよね。大人の休日倶楽部とか、おとなの自動車保険とか。また習いごとの分野では、大人のバレエとか、大人のビアノとか…。街を歩いていても、大人の〇○○というネーミングは目につきます。背景としては、日本の人口が高齢化し、相対的に50代以上の市場が大きくなったこと、また習いごとの分野では、子供や若手が減って市場が縮小し、代わりに大人の初心者を取り込んで需要を広げないと成り立たない商売が多くなったことが挙げられるでしょう。
「大人」と同様の言葉に「シニア」があります。この二つは、似ているようで、需要の喚起力は全く異なります。「シニア」というと、幼児から高齢者までの人口構成を輪切りにしたときのひとつの年齢ゾーンにすぎないが、「大人」というと、経験と分別があって、ゆとりを備えている、というニュアンスがあります。単なる属性ではなく、価値ある時間を生きてきた「大人」という言葉は耳に心地よい。だから送り手が「大人の○○○」というフレーズを投げかけると、受け手は「俺もオトナだよな、私もおとなでしょう」と、ひそかに共感する。迷っていた何かを始めるとき、「大人」という響きに誘われ、初めの一歩を踏み出す、という仕掛けがあるのでしょう。
しかし今回の「大人の社交ダンス」は、そんな巷の「大人」とは意味合いが異なります。
そもそも、社交ダンス教室は、数十年以上前から大人の方を相手に、サービスを提供してきた商売です。社交ダンス教師は、ダンスという運動プログラムの指導を通じて、中年以上の男女の運動能力や心身のあり方を日々感じている職業。生徒の能力を引き出すレッスン方法を工夫し、様々な要望を形にする接客ノウハウを体得しています。昭和~平成を経て、令和の時代を生き延びる街のダンス教室は「大人の人生の一面をサポートする」プロフェッショナルの集団でしょう。つまり「大人の」という言葉を、にわかマーケティングで、ちょろちょろやるのではなく、日々汗かいて実践している仕事なのです。こんな業種・職業は、たぶん他にないでしょうね。
さて、ようやくDVD収録レッスンの紹介になります。今回は異色の視点からのレッスンです。
今までのダンスビュウのDVD収録レッスンは、個人(カップル)の身体の使い方を学んで技を磨き、ダンスの上達に役立ててもらう、というコンセプトで作ってきました。主旨はあくまでも個人の技の上達にあるわけです。一方今回は、個人技の前に、社交ダンスの起源から派生した踊り方のルールや技術が語られます。
例えば第一章の冒頭では、社交ダンスの進行方向の解説があります。要約すると、その昔、ダンスは舞踏場で大勢の人が踊ることから生まれた社交術であった。複数のカップルが一つのフロアの中で踊るための交通ルール(進行方向)として、LODが生まれた。ルールに則り二人が左へ進むには、組んだ状態で右回転をする必要がある。このことから右回りの運動は、「ナチュラルターン」と名付けられた。反対にカップルが左回転をすると、フロアを戻ってしまうことから「リバースターン」と命名された。さらにリバースターンをしたとき、他のカップルとぶつからないための方法として、「中央」という方向が生まれた…という論旨で話が展開していきます。足型がどうのという話ではなく、社交ダンスの成り立ちと運動の性質の話です。我々が普段なんとなく踊っている、ナチュラルターン、リバースターン、LODに進んで行く、というルールは、こんなところに原点があったのか、という発見があります。
筆者が個人的に、興味深く観たのは、最後のチャプターです。
このチャプターで、安東先生は、60歳以上の方にお勧めのスタイルを提案しています。年齢を重ね、関節の可動域が制約された身体でいかに踊るか、ということがこの章のテーマになっています。安東先生は、例として首の動きが制約されるとどうなるか、という問題を取り上げ、自らの首の動きと、若手の田沢先生(モデル)の首の動きを対比しながら、年齢による違いを解説されています。簡単に言うと、年を取ると首と胴体が分離できず、首の向きと胴体の向きが一緒になってしまう、ということです。たしかに身体の捻転が利かない、という問題は、筆者にとっても大いに当てはまることで、多くの方が頷く場面だと思います。
さて、このような若いダンサーと年配のダンサーとの対比は、年配者が自分の年齢を無視して競技風の踊りを真似すると、どう見えるか、という風刺に繋がっていきます。硬くなった身体で、無理に可動域を広げ大きく踊ろうとする姿は、はっきり言って見栄えが良くない。例えば頑張ってホールドを張る様は、周りの人にとっては「イタイ」光景。それよりも無理なく自然に組んだ方が、好感が持てる、という主旨でしょう(もちろん、色々な考えがある、ということを断ったうえで、言っています)。年齢に応じたスタイルを身につけるには、ダンス以前に、自分自身の身体との会話が必要で、「大人の」という言葉は、自分の身体の変化と向き合う勇気と、同時にある種の諦めに裏付けられていると思います。
以下は、今回のレッスンから触発された筆者個人の感想です。個人差はあるにせよ、男性の場合はおそらく50代半ば頃までが身体の賞味期限でないか、という仮説がある。50代の半ばまでに、男は関節の不具合や感覚器の衰え、記憶力の減退や、メンタルの不調という問題に遭遇するはず。衰えゆく身体をなだめ、騙し騙し使っていくしかない、という現実を受け容れるのが還暦前の数年。そして意識と肉体との誤差を調整し、身体と会話をする習慣がつくのは、おそらく還暦を過ぎた頃。そこから、ぽつぽつと、踊りやすいフォームを見つける旅が始まる。細く、長く、無事に踊り続けていく、養生を含んだ道のりが…。それが「大人の社交ダンス」の、味わい深い風景なのではなかろうか、と思った次第です。
■2023年11月号特別付録DVD内容のご紹介
(文・ダンスビュウDVD制作担当)